TECH
BLOG

読書メモ:VRと認知科学・心理学

2024
9

当社はVRのハードウェア上で動作するソフトウェア開発やコンテンツ制作を主業にしているわけですが、それらの受け手である人間についてももっと知りたいと思い、認知科学、心理学、脳科学関連の本を読んできました。この投稿ではそれらの読書メモを公開してみたいと思います。書名の後に記載している日付は読んだ日付になります。

「VRは脳をどう変えるか?仮想現実の心理学」2018年9月

VRは脳をどう変えるか?仮想現実の心理学
VRを新しいゲームや映画の一種だと思っていると、未来を見誤る。このメディアはエンタテイメントだけでなく、医療、教育、スポーツの世界を一変させ、私たちの日常生活を全く新たな未来へと導いていく。その大変革を、心理学の視点から解き明かそう。現在のVRブームは、クラウドファンディングから始まった小さなVR機器メーカー「オキュラス社」をFacebookが巨額で買収したことから始まった。世界を驚かせたその買収劇のわずか数週間前、マーク・ザッカーバーグは本書の著者の研究室を訪れ、最新のVRを自ら体験していた。そこでザッカーバーグが味わった衝撃が、この本には詰まっている。
引用
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163908847

VR開発に携わるようになってから最も初期に読んだ本の一つが、「VRは脳をどう変えるか?仮想現実の心理学」でした。VR=仮想現実ですが、ヘッドマウントディスプレイの中の映像をなぜ人間は現実として取り扱ってしまうのか?そこにはハードウェア側の技術だけでない、人間側の認知科学や心理学などの科学があるんだと気づかせてくれた一冊でした。
私がラマチャンドラン博士によるミラーセラピーについて深く意識をしたのは、ラオス・ビエンチャンにある「COPE Visitor Centre」訪問時でした。ミラーセラピーとは、病気や事故で失ってしまった腕や足で発生する幻肢痛を解消する方法の一つで鏡を用います。鏡に映し出された健常側の腕を運動させ、その運動があたかも無くなってしまった側の腕であるかのように見せることで、脳を再教育するというものです。COPE Visitor Centreは国立リハビリテーションセンターの敷地内にある施設で、戦争時の爆弾やそれにより足を失ってしまった方やその方達用の義足が展示されています。その一角にミラーエラピーを体験するための展示があったのです。このミラーセラピーを考案した1人が神経科学者であるラマチャンドラン氏と言われているらしく、幻肢痛以外にも様々な脳が起こす現象を紹介しているのが「脳の中の幽霊です」。

「脳のなかの幽霊」(ラマチャンドラン、V・S、サンドラ・ブレイクスリー著) 2022年1月

脳のなかの幽霊
切断された手足がまだあると感じるスポーツ選手、自分の体の一部を他人のものだと主張する患者、両親を本人と認めず偽者だと主張する青年など、著者が出会った様々な患者の奇妙な症状を手掛かりに、脳の不思議な仕組みや働きについて考える。分かりやすい語り口で次々に面白い実例を挙げ、人類最大の問題に迫り、現在の脳ブームのさきがけとなった名著。現代科学の最先端を切り開いた話題作ついに文庫化。
引用
https://www.kadokawa.co.jp/product/200805000103/

「妻を帽子とまちがえた男」の著者であるオリバー・サックス氏は神経学者であり、トゥレット障害、自閉症、アルツハイマー等の精神系・神経系の傷病について書いてます。「脳のなかの幽霊」と似ていて各種のエピソードを集めた本です。病院には精神科や心療内科といった科があるのは知ってましたが、それらの科が担当する傷病がこんなにもたくさんあるんだということを知りました。

「妻を帽子とまちがえた男」(オリバー・サックス著)」 2022年3月

妻を帽子とまちがえた男
妻の頭を帽子とまちがえてかぶろうとする音楽家、からだの感覚を失って姿勢が保てなくなってしまった若い母親……脳神経科医のサックス博士が出会った奇妙でふしぎな症状を抱える患者たちは、その障害にもかかわらず、人間として精いっぱいに生きていく。そんな患者たちの豊かな世界を愛情こめて描きあげた、24 篇の驚きと感動の医学エッセイの傑作、待望の文庫化。
引用
https://www.hayakawa-online.co.jp/shop/g/g0000611556/

ここまで2冊連続で人間の脳、神経、心理等について読んだので、では他の生物・動物ではどのように世界が見えて、その感覚はどうなっているんだろうという段階で読んだのが「生物から見た世界」です。著者であるフォン・ユクスキュル氏は「環世界:Umwelt」という概念を提唱した人としても有名です。人間はその五感を通して世界を認知しているわけですが、人間以外の動物は人間とは違った感覚器官により世界を認知しています。コウモリが超音波を使うことで、真っ暗な洞窟を飛ぶことはその一例ですね。また、動物は世界を感知・認知した後に何かしらの行動もするわけで、知覚と作用をする一連を機能環と定義しています。人間にとっての世界と他の生物にとっての世界は異なる=それぞれの生物は自然界を(感覚器官で)変形して知覚している、ということを気づかせてくれた一冊です。

「生物から見た世界」(ユクスキュル著) 2022年6月

生物から見た世界
甲虫の羽音とチョウの舞う、花咲く野原へ出かけよう。生物たちが独自の知覚と行動でつくりだす〈環世界〉の多様さ。この本は動物の感覚から知覚へ、行動への作用を探り、生き物の世界像を知る旅にいざなう。行動は刺激への物理反応ではなく、環世界あってのものだと唱えた最初の人ユクスキュルの、今なお新鮮な科学の古典。
引用:https://www.iwanami.co.jp/book/b247066.html

この記事で紹介している多くの本は、為末大さんにも教えてもらっています。彼とはアスリートソサエティ等の活動をご一緒しており、会うたびに最近読んだ面白い本などを紹介してくれる友人です。そんな彼が講演の中でよく話をされる自身のエピソードにアスリートが圧倒的なパフォーマンスを発揮する時はゾーン=超集中状態(夢中とも言う?)に入っているという話です。プログラマーも集中してコーディングをしており、いつもとは違う圧倒的な進捗を出す時などは、このゾーンに入っているのではと思うわけです。そのゾーン状態は、ミハイ・チクセントミハイは「フロー」と定義し、それを解説しているのが「フロー体験:喜びの現象学」です。

『フロー体験:喜びの現象学』(ミハイ・チクセントミハイ著) 2023年7月

フロー体験:喜びの現象学
幸福、喜び、楽しさ、最適経験などの現象学的課題の本質を心理学、社会学、文化人類学、進化論、情報論を駆使し、原理的、総合的に解明する。マズローの自己実現の概念を超える一冊。
引用
https://sekaishisosha.jp/book/b354747.html

この時期になると、大規模言語モデル(LLM)を中心としたAIがますます発展してきており、もはや人間より計算機の方が知的になり、人間なんて・・・という風潮も出始めていました。LLMの構造と人間の脳の構造はどう違うんだろうか?人間性とはなんだろうか?のような疑問に答えるのが、アントニオ・ダマシオ氏の本であり、その中でもっとも容易に読めそうなのが、以下の「ダマシオ教授の教養としての意識:機械が到達できない最後の人間性」でした。ダマシオ教授による著書で読むべきものは、まだ本棚で積読になって待っているのですが、まずはこの一冊から。タイトルが示す通り、人間固有の?意識についても記載があり、計算機にはなくて人間にある意識とはなんだ?ということもこのあたりから学びました。

「ダマシオ教授の教養としての意識: 機械が到達できない最後の人間性」(アントニオ・ダマシオ著) 2023年10月

ダマシオ教授の教養としての意識: 機械が到達できない最後の人間性
生物としての人間の成功に大きく貢献した意識。感情、知性、心、認識、そして意識は、どのようなしくみで関わりあっているのか。あえて専門用語なしで書かれた最先端の洞察を通じて、解明不能と言われた「意識の秘密」が明かされる。
引用
https://www.diamond.co.jp/book/9784478112663.html

当社は2022年10月ごろよりJST CRESTの「多様な形態の現実を安心・安全に創り・繋ぐTrusted Inter-Reality基盤」に研究参画しています。ここではReality(現実)が一つのキーワードになっており、これはもともとXR(VR,AR,MR)等の仮想現実やメタバースの出現により、1人の人間にとっても現実世界以外にもバーチャルな世界など複数の現実世界を生きているんだと考え各種研究を進めています。その一環で2023年12月に「JST CREST Internet of Realitiesプロジェクト 第1回シンポジウム」を開催し、その際の基調講演者の1人が下條先生でした。計算機科学を志向している我々が認知科学との関係性を考える良いシンポジウムになったと思っています。そして、以下の本はサブリミナル=潜在意識・閾下知覚という、意識的には感じてないんだけど、実は知覚しているという領域があるという話です。サブリミナル広告は禁止されましたが、それ以外にもこのサブリミナル効果をポジティブに活用できる領域があるのでは?と思っています。

「サブリミナル・マインド:潜在的人間観のゆくえ」(下條信輔著)2024年1月

サブリミナル・マインド:潜在的人間観のゆくえ
人は自分で考えているほど、自分の心の動きをわかっていない。人はしばしば自覚がないままに意志決定をし、自分のとった行動の本当の理由には気づかないでいるのだ。人間科学の研究が進むにつれ、・認知過程の潜在性・自働性・というドグマはますます明確になり、人間の意志決定の自由と責任に関する社会の約束ごとさえくつがえしかねない。潜在的精神を探求する認知・行動・神経科学の進展からうかびあがった新しい人間観とは。
引用
https://www.chuko.co.jp/shinsho/1996/10/101324.html

さて、いよいよきました、これは問題作です。ジュリアン・ジェインズ氏の「神々の沈黙:意識の誕生と文明の興亡」。3000年前までは人間には意識はなく、右脳にいる神が左脳に語りかけて人間を動かしていたというのです。それが3000年前ごろから右脳と左脳の関係が徐々に変わってきて、右脳にいたはずの神々が沈黙してしまい、それにより意識が生まれ、人間は自分たちで意識して考えるようになった、というような話です。一通り読んでみましたが、私は信者になってしまいました。きっと本当にそうだったのではないか?と思っています。

「神々の沈黙: 意識の誕生と文明の興亡」(ジュリアン・ジェインズ著)  2024年3月

神々の沈黙: 意識の誕生と文明の興亡
《3000年前まで人類は「意識」を持っていなかった!》
動物行動学から出発し人間の意識の探求に踏み込んだ研究者が、楔形文字の粘土板や碑文・彫刻、ギリシア叙事詩『イーリアス』『オデュッセイア』、旧約聖書などの分析から、とてつもなく壮大な「意識の誕生」仮説を樹ち立てたーー人類の意識は今からわずか3000年前に芽生えたもの、意識誕生以前の人間は右脳に囁かれる神々の声に従う〈二分心〉(Bicameral Mind)の持ち主で、彼らこそが世界各地の古代文明を創造した、やがて〈二分心〉は崩壊、人間は文字と意識を得た代わりに神々は沈黙した、と。
意識論の大家ダニエル・デネットは、著者の仮説を高く評して「ソフトウェア考古学」と呼ぶ。地層から掘りだされる化石や骨では人間の心のことまでは伺い知れないからだ。
意識の哲学・心理学から歴史・文明解釈、現代人における〈二分心〉の名残までの三部構成からなる本書は、著者の生涯を賭けた金字塔で、発売当初から様々な方面で論議と話題を呼んだ。記述は膨大な証拠に裏打ちされ、過去ばかりか今日と未来における私たちの心の奥底にまで関わり、従来の見方を180度転換する。「知られざる巨人」の生涯ただ一冊の渾身の書。
引用
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314009782

2024年7月にあるワークショップに参加させてもらい、そのワークショップの参加者の1人がアニル・セス氏でした。ワークショップは意識や認知科学に関するものだったのですが、同氏の「なぜ私は私であるのか-神経科学が解き明かした意識の謎」は、意識に関するこれまでの研究を網羅的にまとめた本になっています。意識に関する初心者にはとてもオススメです。

「なぜ私は私であるのか―神経科学が解き明かした意識の謎」(アニルセス著) 2024年8月

なぜ私は私であるのか―神経科学が解き明かした意識の謎
「意識」と「私」の謎。20年にわたって意識研究のパイオニアであり続ける著者は、主観的な体験である内的世界が、脳や体で実行される生物学的・物理学的プロセスとどのように関連しているのか、また、その観点からどのような説明ができるのかを述べる。そして、私たちは世界を客観的に認識しているのではなく、むしろ予測機械であり、常に自分の世界を脳内で創造し、マイクロ秒単位で間違いを修正して、自分が自分である(being you)という感覚を生み出していると主張する。最新の神経科学的な知見をもとに気鋭が迫る「意識」と「私」の謎。
引用
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3679

  

当社は、XRに関するソリューションやコンテンツの研究開発に取り組んでいますが、それらはヘッドマウントディスプレイ等を利用することで、これまでのディスプレイ技術よりさらに人間に近く没入感・現実感を与えるものだと感じています。そんな新しい技術に対して、その受け手・利用者である人間側の研究も進めることで、より人類のためになるXRを実現できればと考えています。ここまで9冊を紹介してきましたが、今後も増やしていければと思います。読むべき本がありましたら、ぜひ教えてください。

RELATED PROJECT

No items found.