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VRの現在地:Apple Vision Proを手 に取ったその日に(エッセイ)

2024
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著者:青木崇行

 米国で2024年2月2日に発売されたApple Vision Proについて、遅れること約5ヶ月、2024年6月28日に日本でも発売し、本日2024年7月8日当社にも届きました。小一時間使ってみて、感銘を受けたので、この雑文を書いてみたいと思いました。前半は昔話だらけで、昔話をしたくなってきたら老害だと言われそうですし、飲み会とかミーティングでそれを出さないように、ここで吐き出しておこうと思います。


私とVRヘッドマウントディスプレイ(HMD)の歴史

私たち(カディンチェ株式会社)が初めてHMDを使ったのはOculus Riftという機種で、それは2013年12月でした。この画像は時Facebookへ投稿したもので、「Frankly speaking, I felt motion sickness seeing the demo contents of Oculus Rift.」という私のコメントが添えられていました。時私たちは複数のカメラを組み合わせて使うことで、360度映像を作ることに取り組んでました。カメラという入力側に取り組んでいると、それを表示するための出力側に興味を持つのは必然で、時はDevelopment Kit (DK)と呼ばれていたOculus Riftの初号機を買ったのだと記憶しています。

その後、360度映像をHMDで視聴するためのビューワーを開発して、VR映像配信会社に提供していたこともあり、Oculus系、HTC Vive系のHMDは発売されれば即購入し、それ以外のメーカーもVarjo, Pimax,HP Reverb, Pico等の主力製品は買っては試し、特に特徴的な機能がある場合はそれを楽しみにいじってきています。例えば、Varjoはその高解像度、Pimaxは広視野角、HP Reverb G2 Omnicept Editionは医療方面で使用することを想定した多種の視覚系センサーの搭載など、それぞれに特徴がありました。個人的に余暇や趣味として使用するほどののめり込みはなかったものの、VRの可能性は大いにじており、社の事業場の軸にしてきました。

なぜそこまでVR(HMD)に可能性を感じてきたか?

私は新卒では某エレクトロニクス企業の画像信号処理系の研究所で働いておりました。2003年入社なので、HMDはおろかスマートフォンすら普及していない(iPhoneの初号機の発売は2007年)時代です。研究成果は主にテレビやプロジェクターに搭載されていました。テレビがAV(Audio Visual)機器の王様だった時代で、ブラウン管から液晶やプラズマに移行しつつある時期でした。新卒の頃からとにかく「ディスプレイ」に取り組んでおり、以前より視覚系・映像系に興味があったのが根本にあります。
VRに熱心になったのは2016年頃からOculus Riftを使用した360動画ビューワーを開発して、顧客企業に提供したことがきっかけでしたが、その後2019年頃には雑誌『WIRED』日本版VOL.33が「ミラーワールド:ARが生み出す次の巨大プラットフォーム」を特集しており、VRとともにARやMRについてワクワクしていました。このミラーワールドはその時はAR Cloudやデジタルツインとも呼ばれていましたが、2024年風に言うと空間コンピューティングになるかと思います。この雑誌のどれかの記事に、「80% of the global workforce doesn't have desk」という記載があり、XR(VR,AR,MRの総称:eXtended Reality)は仕事でデスクトップ・ノートブックコンピュータを使えない人にコンピュータを提供できる画期的なメディアなんだと感激したわけです。ウェアラブルコンピュータとしてのHMDに大いなる可能性を言じています。

会社の事業としては?

2016年頃からVRブームが起こったと感じていました。社にとっては360カメラブームとVR HMDブームが同時に起こり、入力系・出力系ともに次々と新製品が出て、それらを追いかけるだけでも楽しく大変な時期でした。ある程度のブームが発生するとコンシューマー(消費者)・エンタープライズ(企業)ともにその利用方法を考えるわけですが、皆社もご多分に洩れず、コンシューマー向けのエンターテイメントアプリケーションや、エンタープライズ向けの研修や遠隔操作系など、さまざまなシステム開発に取り組んできました。ただ、この2-3年間はコンシューマー向けはひと段落して、エンタープライズ向けの方が持続的なニーズがあると感じていました。毎日使うわけではないけど、研修や特定の機会にVRでないと実現しづらい体験等があり、その実現手段として活用されています。

Apple Vision Proの評価すべきところ

ちなみに公平を期して書いておくと、私はスマートフォンはiPhone、パソコンはMacぐらいアップル好きです。修士の頃までは Windows、新卒で入った会社ではSolarisでしたが、それ以降はもうずっとMacです。
そんなiPhone、MacユーザがAVPを使うと、次のような利用手順でした。箱からAVPを取り出し、バッテリーと繋げると即起動、iPhoneを持っている場合はiPhoneを近づけただけで、iPhone側にAVPの設定しますか?というメッセージが表示され、はいと答えるとiPhoneで登録済みのアカウント情報はAVPにも引き継がれる。そして、起動後にAVPとMacを近づけると、今度はMacの画面をAVPに表示できるのです。3種類のデバイスを連携させるのに数分しかかからなかったのです。なんていうシームレスな体験。

visionOSで、Mac仮想ディスプレイ、「メッセージ」のチャット、ミュージックミニプレーヤーウインドウがすべて同時に開いています。

空間コンピューティングを名乗るだけあって、2Dの静止画や動画だけでなく、3Dの空間やオブジェクトの閲覧もできます。一度、Macの画面を自分の机の上あたりに配置して、そのまま立ち上がりオフィスの中を歩き回って自席に戻ってきても、そのMacの画面はさきほど配置したところにピッタリとあるではないですか。これぞ空間コンピューティング?
これまでHMDを使っている時は、例えばパスワードの入力のためにスマホやPCを見るためや、それら他のデバイスで通知があるたびにHMDを外して処理をして、またHMDをかぶるみたいな煩わしさがあったのですが、AVPではパススルーカメラが十分な高解像度なのと、Macの画面もミラーリングで表示できることから、HMDをいちいち取り外す必要がなくなったのです。常に着続けられるウェアラブルコンピューティング!

短時間借りるのには向いていない

ちなみにAVPを購入する際には、iPhoneのカメラを用いたフィッティングというプロセスがあります。これにより、ヘッドバンドとライトシーリングのサイズが決定され、しっかり外光が遮断され、自分の頭の形状・大きさにあったものが届くようになっています。また、初期設定時のキャリブレーション(調整)としても、円形状に配置されたアイコンを目で追うことで、自分の目の動きと位置をAVPに登録する工程があり、これに2-3分はかかります。その上で、自分のiOSのアカウントと同期したり、Macの画面を表示するわけなので、ハードウェア、ソフトウェア、コンテンツのすべてにおいてパーソナライゼーションが徹底しています。したがって、気軽に「ちょっと貸してよ」と言われても、この30分-1時間程度かかるプロセスを経ないと、AVPの真の価値は伝わらないと思う次第です。ゲストモードもあるけど、その程度のVR体験ならもっと安価なMetaQuest 3等でも良いじゃないかとも思います

XR HMDの今後の可能性

ただ、ちょっとだけ課題もあるのは否定しません。まずは、Macの画面のマルチディスプレイ化ができないこと。AVPに表示できるのは一つのディスプレイだけで、デスクトップディスプレイを複数使っているような体験は今のところ実現できません。またパススルーカメラも生活に支障がないレベルの高解像度なものの、新聞の細かい文字を読んだり、歩きながら周囲を見ると動きボケが発生します。重量もAVP本体が約600gで、付属のバッテリーが約350gと合計約1kgと、Macbook Airの1.24kgほどではありませんが、重いです。私が何も考えずにAVPをかけたときの写真では、AVPの重さにより頬にシワが寄っている様子が写ってました。

しかし、それでもなお、AVPには人間拡張の可能性を感じました。これまでのVRやMR HMDにも、その没入感や空間性に可能性は感じていましたが、AVPほど日常利用のストレスがない、他の既存デバイスと連携が取れているのはありませんでした。現時点のパススルーカメラはRGB+デプス付きの立体視カメラですが、例えばそれがAIと連携することで映っているものの自動認識やら自動解析ができたり、人間が見えないはずの不可視光線を見えるようになったり、またはマイクを通して超音波を聞けるようになったりするなど、多くの感覚が集中的に配置されている人類の頭部をさらに拡張するような可能性を感じるのです。
これは楽しくなってきましたね。

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